故《なぜ》自分の細君を寒がらせなければならない心理状態に自分が制せられたのかと考えて益《ますます》不愉快になった。
細君と口を利く次の機会が来た時、彼はこういった。
「己《おれ》は決して御前の考えているような冷刻な人間じゃない。ただ自分の有《も》っている温かい情愛を堰《せ》き止めて、外へ出られないように仕向けるから、仕方なしにそうするのだ」
「誰もそんな意地の悪い事をする人はいないじゃありませんか」
「御前はしょっちゅうしているじゃないか」
細君は恨めしそうに健三を見た。健三の論理《ロジック》はまるで細君に通じなかった。
「貴夫《あなた》の神経は近頃よっぽど変ね。どうしてもっと穏当に私《わたくし》を観察して下さらないのでしょう」
健三の心には細君の言葉に耳を傾《かたぶ》ける余裕がなかった。彼は自分に不自然な冷《ひやや》かさに対して腹立たしいほどの苦痛を感じていた。
「あなたは誰も何にもしないのに、自分一人で苦しんでいらっしゃるんだから仕方がない」
二人は互に徹底するまで話し合う事のついに出来ない男女《なんにょ》のような気がした。従って二人とも現在の自分を改める必要を感じ得なかっ
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