ている間は相場師の方で儲《もう》けさせてくれるんですって。だから好《い》いけれども、一旦役を退《ひ》くと、もう相場師が構ってくれないから、みんな駄目になるんだそうです」
「何の事だか要領を得ないね。だいち意味さえ解らない」
「貴方《あなた》に解らなくったって、そうなら仕方がないじゃありませんか」
「何をいってるんだ。それじゃ相場師は決して損をしっこないものに極《きま》っちまうじゃないか。馬鹿な女だな」
 健三はその時細君と取り換わせた談話まで憶《おも》い出した。
 彼はふと気が付いた。彼と擦《す》れ違う人はみんな急ぎ足に行き過ぎた。みんな忙がしそうであった。みんな一定の目的を有《も》っているらしかった。それを一刻も早く片付けるために、せっせと活動するとしか思われなかった。
 或者はまるで彼の存在を認めなかった。或者は通り過ぎる時、ちょっと一瞥《いちべつ》を与えた。
「御前は馬鹿だよ」
 稀《まれ》にはこんな顔付をするものさえあった。
 彼はまた宅《うち》へ帰って赤い印気《インキ》を汚《きた》ない半紙へなすくり始めた。

     九十八

 二、三日すると島田に頼まれた男がまた刺《し》
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