彼はまた本郷通りにある一軒の呉服屋へ行って反物《たんもの》を買った。織物について何の知識もない彼はただ番頭が見せてくれるもののうちから、好《い》い加減な選択をした。それはむやみに光る絣《かすり》であった。幼稚な彼の眼には光らないものより光るものの方が上等に見えた。番頭に揃《そろ》いの羽織《はおり》と着物を拵《こしら》えるべく勧められた彼は、遂に一匹の伊勢崎銘仙《いせざきめいせん》を抱えて店を出た。その伊勢崎銘仙という名前さえ彼はそれまでついぞ聞いた事がなかった。
 これらの物を買い調《ととの》えた彼は毫《ごう》も他人について考えなかった。新らしく生れる子供さえ眼中になかった。自分より困っている人の生活などはてんから忘れていた。俗社会の義理を過重《かちょう》する姉に比べて見ると、彼は憐《あわ》れなものに対する好意すら失なっていた。
「そう損をしてまでも義理が尽されるのは偉いね。しかし姉は生れ付いての見栄坊《みえぼう》なんだから、仕方がない。偉くない方がまだ増しだろう」
「親切気《しんせつぎ》はまるでないんでしょうか」
「そうさな」
 健三はちょっと考えなければならなかった。姉は親切気
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