無知識であった。熱さえ出ればすぐ産褥熱《さんじょくねつ》じゃなかろうかという危惧《きぐ》の念を起した。母から掛り付けて来た産婆に信頼している細君の方がかえって平気であった。
「どうですかって、御前の身体《からだ》じゃないか」
 細君は何とも答えなかった。健三から見ると、死んだって構わないという表情がその顔に出ているように思えた。
「人がこんなに心配して遣《や》るのに」
 この感じを翌《あく》る日まで持ち続けた彼は、何時もの通り朝早く出て行った。そうして午後に帰って来て、細君の熱がもう退《さ》めている事に気が付いた。
「やっぱり何でもなかったのかな」
「ええ。だけど何時また出て来るか分りませんわ」
「産をすると、そんなに熱が出たり引っ込んだりするものかね」
 健三は真面目《まじめ》であった。細君は淋《さび》しい頬《ほお》に微笑を洩《も》らした。
 熱は幸《さいわい》にしてそれぎり出なかった。産後の経過は先ず順当に行った。健三は既定の三週間を床の上に過すべく命ぜられた細君の枕元へ来て、時々話をしながら坐《すわ》った。
「今度《こんだ》は死ぬ死ぬっていいながら、平気で生きているじゃないか」

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