裏へ出られるように三尺ほどの路《みち》を付けた。裏は野とも畠《はた》とも片のつかない湿地であった。草を踏むとじくじく水が出た。一番|凹《へこ》んだ所などはしょっちゅう浅い池のようになっていた。島田は追々其所へも小さな貸家を建てるつもりでいるらしかった。しかしその企ては何時までも実現されなかった。冬になると鴨《かも》が下《お》りるから、今度は一つ捕ってやろうなどといっていた。……
健三はこういう昔の記憶をそれからそれへと繰り返した。今其所へ行って見たら定めし驚ろくほど変っているだろうと思いながら、彼はなお二十年前の光景を今日《こんにち》の事のように考えた。
「ことによると、良人《うち》では年始状位まだ出してるかも知れないよ」
健三の帰る時、姉はこんな事をいって、暗《あん》に比田《ひだ》の戻るまで話して行けと勧めたが、彼にはそれほどの必要もなかった。
彼はその日|無沙汰《ぶさた》見舞かたがた市ヶ谷《いちがや》の薬王寺《やくおうじ》前にいる兄の宅《うち》へも寄って、島田の事を訊《き》いて見ようかと考えていたが、時間の遅くなったのと、どうせ訊いたって仕方がないという気が次第に強くなったの
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