の要《い》る時も他人、病気の時も他人、それじゃただ一所《いっしょ》にいるだけじゃないか」
 健三の謎《なぞ》は容易に解けなかった。考える事の嫌《きらい》な細君はまた何という評も加えなかった。
「しかし己《おれ》たち夫婦も世間から見れば随分変ってるんだから、そう他《ひと》の事ばかりとやかくいっちゃいられないかも知れない」
「やっぱり同なじ事ですわ。みんな自分だけは好いと思ってるんだから」
 健三はすぐ癪《しゃく》に障った。
「御前でも自分じゃ好いつもりでいるのかい」
「いますとも。貴夫《あなた》が好いと思っていらっしゃる通りに」
 彼らの争いは能《よ》くこういう所から起った。そうして折角穏やかに静まっている双方の心を攪《か》き乱した。健三はそれを慎みの足りない細君の責《せめ》に帰した。細君はまた偏窟で強情な夫のせいだとばかり解釈した。
「字が書けなくっても、裁縫《しごと》が出来なくっても、やっぱり姉のような亭主孝行な女の方が己は好きだ」
「今時そんな女がどこの国にいるもんですか」
 細君の言葉の奥には、男ほど手前勝手なものはないという大きな反感が横《よこた》わっていた。

     七十
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