もありゃしない」
 彼はそう思って姉の凹《くぼ》み込んだ眼と、痩《こ》けた頬《ほお》と、肉のない細い手とを、微笑しながら見ていた。

     六十九

 姉は細かい所に気の付く女であった。従って細かい事にまでよく好奇心を働らかせたがった。一面において馬鹿正直な彼女は、一面においてまた変な廻《まわ》り気《ぎ》を出す癖を有《も》っていた。
 健三が外国から帰って来た時、彼女は自家の生計について、他《ひと》の同情に訴え得るような憐《あわ》れっぽい事実を彼の前に並べた。しまいに兄の口を借りて、いくらでも好《い》いから月々自分の小遣として送ってくれまいかという依頼を持ち出した。健三は身分相応な額を定めた上、また兄の手を経て先方へその旨を通知してもらう事にした。すると姉から手紙が来た。長《ちょう》さんの話では御前さんが月々いくらいくら私《わたし》に遣《や》るという事だが、実際御前さんの、呉れるといった金高《かねだか》はどの位なのか、長さんに内所《ないしょ》でちょっと知らせてくれないかと書いてあった。姉はこれから毎月|中取次《なかとりつぎ》をする役に当るかも知れない兄の心事を疑ぐったのである。
 
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