る御婆さんの姿を熟視した。そうして自分の眼に涙を宿す事を許さない彼女の性格を悲しく観じた。
彼は紙入の中にあった五円紙幣を出して彼女の前に置いた。
「失礼ですが、車へでも乗って御帰り下さい」
彼女はそういう意味で訪問したのではないといって一応辞退した上、健三からの贈りものを受け納めた。気の毒な事に、その贈り物の中には、疎《うと》い同情が入っているだけで、露《あら》わな真心は籠《こも》っていなかった。彼女はそれを能く承知しているように見えた。そうして何時の間にか離れ離れになった人間の心と心は、今更取り返しの付かないものだから、諦《あき》らめるより外に仕方がないという風にふるまった。彼は玄関に立って、御常の帰って行く後姿を見送った。
「もしあの憐《あわれ》な御婆さんが善人であったなら、私《わたし》は泣く事が出来たろう。泣けないまでも、相手の心をもっと満足させる事が出来たろう。零落した昔しの養い親を引き取って死水《しにみず》を取って遣る事も出来たろう」
黙ってこう考えた健三の腹の中は誰も知る者がなかった。
六十四
「とうとう遣《や》って来たのね、御婆《おばあ》さんも。今ま
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