。
「慾《よく》も手伝ったに違ないね」
細君は何ともいわなかった。
六十二
不治《ふじ》の病気に悩まされているという御縫さんについての報知《たより》が健三の心を和《やわら》げた。何年ぶりにも顔を合せた事のない彼とその人とは、度々会わなければならなかった昔でさえ、殆《ほと》んど親しく口を利いた例《ためし》がなかった。席に着くときも座を立つときも、大抵は黙礼を取り換わせるだけで済ましていた。もし交際という文字をこんな間柄にも使い得るならば、二人の交際は極めて淡くそうして軽いものであった。強烈な好《い》い印象のない代りに、少しも不快の記憶に濁されていないその人の面影《おもかげ》は、島田や御常のそれよりも、今の彼に取って遥かに尊《たっと》かった。人類に対する慈愛の心を、硬くなりかけた彼から唆《そそ》り得る点において。また漠然として散漫な人類を、比較的|判明《はっきり》した一人の代表者に縮めてくれる点において。――彼は死のうとしているその人の姿を、同情の眼を開いて遠くに眺めた。
それと共に彼の胸には一種の利害心が働いた。何時起るかも知れない御縫さんの死は、狡猾《こうかつ》な島
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