夫の眼から見たら、妾《わたくし》なんぞは馬鹿でしょうよ」
 健三は彼女の誤解を正してやるのさえ面倒になった。
 二人の間に感情の行違《ゆきちがい》でもある時は、これだけの会話すら交換されなかった。彼は島田の後影《うしろかげ》を見送ったまま黙ってすぐ書斎へ入った。そこで書物も読まず筆も執らずただ凝《じっ》と坐《すわ》っていた。細君の方でも、家庭と切り離されたようなこの孤独な人に何時《いつ》までも構う気色《けしき》を見せなかった。夫が自分の勝手で座敷牢《ざしきろう》へ入っているのだから仕方がない位に考えて、まるで取り合ずにいた。

     五十七

 健三の心は紙屑《かみくず》を丸めたようにくしゃくしゃした。時によると肝癪《かんしゃく》の電流を何かの機会に応じて外《ほか》へ洩《も》らさなければ苦しくって居堪《いたた》まれなくなった。彼は子供が母に強請《せび》って買ってもらった草花の鉢などを、無意味に縁側から下へ蹴飛《けと》ばして見たりした。赤ちゃけた素焼《すやき》の鉢が彼の思い通りにがらがらと破《われ》るのさえ彼には多少の満足になった。けれども残酷《むご》たらしく摧《くだ》かれたその花と
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