ご》りましょうか」と姉の顔を眺めながらいった。
「ありがと、今|御鮨《おすし》をそういったから、珍らしくもあるまいけれども、食べてって御くれ」
姉は客の顔さえ見れば、時間に関係なく、何か食わせなければ承知しない女であった。健三は仕方がないから尻《しり》を落付《おちつ》けてゆっくり腹の中に持って来た話を姉に切り出す気になった。
六
近頃の健三は頭を余計|遣《つか》い過ぎるせいか、どうも胃の具合が好くなかった。時々思い出したように運動して見ると、胸も腹もかえって重くなるだけであった。彼は要心して三度の食事以外にはなるべく物を口へ入れないように心掛ていた。それでも姉の悪強《わるじい》には敵《かな》わなかった。
「海苔巻《のりまき》なら身体《からだ》に障《さわ》りゃしないよ。折角姉さんが健ちゃんに御馳走《ごちそう》しようと思って取ったんだから、是非食べて御くれな。厭《いや》かい」
健三は仕方なしに旨《うま》くもない海苔巻を頬張《ほおば》って、好《い》い加減|烟草《タバコ》で荒らされた口のうちをもぐもぐさせた。
姉が余り饒舌《しゃべ》るので、彼は何時までも自分のいいたい事が
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