たから元とは違って真面目《まじめ》になったでしょう」
「なにやッぱり相変らずさ。ありゃ一人で遊ぶために生れて来た男なんだから仕方がないよ。やれ寄席《よせ》だ、やれ芝居《しばや》だ、やれ相撲だって、御金さえありゃ年が年中飛んで歩いてるんだからね。でも奇体なもんで、年のせいだか何だか知らないが、昔に比べると、少しは優《やさ》しくなったようだよ。もとは健ちゃんも知ってる通りの始末で、随分|烈《はげ》しかったもんだがね。蹴《け》ったり、敲《たた》いたり、髪の毛を持って座敷中|引摺《ひっずり》廻したり……」
「その代り姉さんも負けてる方じゃなかったんだからな」
「なに妾《あたし》ゃ手出しなんかした事あ、ついの一度だってありゃしない」
 健三は勝気な姉の昔を考え出してつい可笑《おか》しくなった。二人の立ち廻りは今姉の自白するように受身のものばかりでは決してなかった。ことに口は姉の方が比田に比べると十倍も達者だった。それにしてもこの利かぬ気の姉が、夫に騙《だま》されて、彼が宅へ帰らない以上、きっと会社へ泊っているに違いないと信じ切っているのが妙に不憫《ふびん》に思われて来た。
「久しぶりに何か奢《お
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