助けてくれって能く泣き付いて来るんで、私ゃ可哀想《かわいそう》だからその度《たん》びにいくらかずつ都合して遣《や》ったよ」
 島田のいう事は、姉が蔭で聴いていたらさぞ怒《おこ》るだろうと思うように横柄《おうへい》であった。それから手前勝手な立場からばかり見た歪《ゆが》んだ事実を他《ひと》に押し付けようとする邪気に充ちていた。
 健三は次第に言葉|少《ずく》なになった。しまいには黙ったなり凝《じっ》と島田の顔を見詰た。
 島田は妙に鼻の下の長い男であった。その上往来などで物を見るときは必ず口を開けていた。だからちょっと馬鹿のようであった。けれども善良な馬鹿としては決して誰の眼にも映ずる男ではなかった。落ち込んだ彼の眼はその底で常に反対の何物かを語っていた。眉《まゆ》はむしろ険しかった。狭くて高い彼の額の上にある髪は、若い時分から左右に分けられた例《ためし》がなかった。法印《ほういん》か何ぞのように常に後《うしろ》へ撫《な》で付けられていた。
 彼はふと健三の眼を見た。そうして相手の腹を読んだ。一旦|横風《おうふう》の昔に返った彼の言葉遣がまた何時の間にか現在の鄭寧《ていねい》さに立ち戻っ
前へ 次へ
全343ページ中152ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング