藍堂《がらんどう》の如く淋《さび》しく見せた。彼は高い所にいた。其所で弁当を食った。そうして油揚《あぶらげ》の胴を干瓢《かんぴょう》で結《いわ》えた稲荷鮨《いなりずし》の恰好《かっこう》に似たものを、上から下へ落した。彼は勾欄《てすり》につらまって何度も下を覗《のぞ》いて見た。しかし誰もそれを取ってくれるものはなかった。伴《つれ》の大人はみんな正面に気を取られていた。正面ではぐらぐらと柱が揺れて大きな宅が潰《つぶ》れた。するとその潰れた屋根の間から、髭《ひげ》を生やした軍人《いくさにん》が威張って出て来た。――その頃の健三はまだ芝居というものの観念を有《も》っていなかったのである。
 彼の頭にはこの芝居と外《そ》れ鷹《たか》とが何の意味なしに結び付けられていた。突然鷹が向うに見える青い竹藪《たけやぶ》の方へ筋違《すじかい》に飛んで行った時、誰だか彼の傍《そば》にいるものが、「外《そ》れた外れた」と叫けんだ。すると誰だかまた手を叩《たた》いてその鷹を呼び返そうとした。――健三の記憶は此所《ここ》でぷつりと切れていた。芝居と鷹とどっちを先に見たのか、それさえ彼には不分明《ふぶんみょう》であ
前へ 次へ
全343ページ中127ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング