三十七

 兄は過去の人であった。華美《はなやか》な前途はもう彼の前に横《よこた》わっていなかった。何かに付けて後《うしろ》を振り返りがちな彼と対坐《たいざ》している健三は、自分の進んで行くべき生活の方向から逆に引き戻されるような気がした。
「淋《さむ》しいな」
 健三は兄の道伴《みちづれ》になるには余りに未来の希望を多く持ち過ぎた。そのくせ現在の彼もかなりに淋《さむ》しいものに違なかった。その現在から順に推した未来の、当然淋しかるべき事も彼にはよく解っていた。
 兄はこの間の相談通り島田の要求を断った旨を健三に話した。しかしどんな手続きでそれを断ったのか、また先方がそれに対してどんな挨拶《あいさつ》をしたのか、そういう細かい点になると、全く要領を得た返事をしなかった。
「何しろ比田《ひだ》からそういって来たんだから慥《たしか》だろう」
 その比田が島田に会いに行って話を付けたとも、または手紙で会見の始末を知らせて遣《や》ったとも、健三には判明《わか》らなかった。
「多分行ったんだろうと思うがね。それともあの人の事だから、手紙だけで済ましてしまったのか。其所《そこ》はつい聴いて来る
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