遇に陥らないものでもないという悲観的な哲学があった。
 昔の彼は貧しいながら一人で世の中に立っていた。今の彼は切り詰めた余裕のない生活をしている上に、周囲のものからは、活力の心棒のように思われていた。それが彼には辛かった。自分のようなものが親類中で一番好くなっていると考えられるのはなおさら情《なさけ》なかった。

     三十四

 健三の兄は小役人であった。彼は東京の真中にある或《ある》大きな局へ勤めていた。その宏壮《こうそう》な建物のなかに永い間|憐《あわ》れな自分の姿を見出す事が、彼には一種の不調和に見えた。
「僕なんぞはもう老朽なんだからね。何しろ若くって役に立つ人が後から後からと出て来るんだから」
 その建物のなかには何百という人間が日となく夜《よ》となく烈《はげ》しく働らいていた。気力の尽きかけた彼の存在はまるで形のない影のようなものに違なかった。
「ああ厭《いや》だ」
 活動を好まない彼の頭には常にこんな観念が潜んでいた。彼は病身であった。年歯《とし》より早く老けた。年歯より早く干乾《ひから》びた。そうして色沢《いろつや》の悪い顔をしながら、死ににでも行く人のように働いた。
「何しろ夜|寐《ね》ないんだから、身体《からだ》に障ってね」
 彼はよく風邪《かぜ》を引いて咳嗽《せき》をした。ある時は熱も出た。するとその熱が必ず肺病の前兆でなければならないように彼を脅かした。
 実際彼の職業は強壮な青年にとっても苦しい性質のものに違なかった。彼は隔晩に局へ泊らせられた。そうして夜通し起きて働らかなければならなかった。翌日《あくるひ》の朝彼はぼんやりして自分の宅《うち》へ帰って来た。その日一日は何をする勇気もなく、ただぐたりと寐て暮らす事さえあった。
 それでも彼は自分のためまた家族のために働らくべく余儀なくされた。
「今度《こんだ》は少し危険《あぶな》いようだから、誰かに頼んでくれないか」
 改革とか整理とかいう噂《うわさ》のあるたびに、健三はよくこんな言葉を彼の口から聞かされた。東京を離れている時などは、わざわざ手紙で依頼して来た事も一返や二返ではなかった。彼はその都度《つど》誰それにといって、わざわざ要路の人を指名した。しかし健三にはただ名前が知れているだけで、自分の兄の位置を保証してもらうほどの親しみのあるものは一人もなかった。健三は頬杖《ほおづえ》を
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