」と云って、旗を担《かつ》いで往来を歩いて来たのもありました。子供の時分ですからその声を聞くと、ホラ来たと云って逃げたものである。よくよく聞いて見ると鼠取《ねずみと》りの薬を売りに来たのだそうです。鼠のいたずらもので人間のいたずらものではないというのでやっと安心したくらいのものである。そんな妙な商売は近頃とんと無くなりましたが、締括《しめくく》った総体の高から云えば、どうも今日の方が職業というものはよほど多いだろうと思う。単に職業に変化があるばかりでなく、細かくなっている。現に唐物屋《とうぶつや》というものはこの間まで何でも売っていた。襟《えり》とか襟飾りとかあるいはズボン下、靴足袋《くつたび》、傘《かさ》、靴、たいていなものがありました。身体《からだ》へつけるいっさいの舶来品を売っていたと云っても差支《さしつかえ》ない。ところが近頃になるとそれが変ってシャツ屋はシャツ屋の専門ができる、傘屋は傘屋、靴屋は靴屋とちゃんと分れてしまいました。靴足袋屋……これはまだ専門はできないようだが、今にできるだろうと思います。現に日本の足袋屋は専門になっています。十文のをくれと云えば十文のをくれる、十
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