紹介しようとした。主筆から彼の批評は既に前号に載《の》せたという返書を得て調べて見ると、頁《ページ》の最後の一行にただ「ポーリン是は譫言《うわごと》なり」とあった。同雑誌の編輯者《へんしゅうしゃ》が一行余った処へ埋草に入れたものである。ブラウニングは後年人に語って、あの批評のために自分が世間に知られる機会が二十年後れたと云った。
 余が新しい作家を紹介するのは、ミルを以《もっ》て自ら任ずると云うより、かかる無責任な評論家の手から、望みのある人を救おうとする老婆心である。



底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房 
   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行
※吉田精一による底本の「解説」によれば、発表年月は、1910(明治43)年6月。
入力:Nana ohbe
校正:米田進
2002年4月27日作成
2003年5月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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