長塚節氏の小説「土」
夏目漱石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)斯《こ》んな考え

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)今度|載《の》せる
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 一方に斯《こ》んな考えがあった。――
 好い所を世間から認められた諸作家の特色を胸に蔵して、其標準で新しい作物に向うと、まだ其作物を読まないうちに、早く既に型に堕在している。従ってわが評論は誠実でも、わが態度は独立でも、又わが言説の内容は妥当でも、始めから此方に定まった尺度を持っていて、其尺度で測《はか》ってならないもの迄も律したがる弊が出る。其結果は働きのない死んだ批評に陥《おちい》って仕舞《しま》う事がよくある。
 夫《それ》よりか、今日迄文壇に認められなかった、若《もし》くは顧《かえり》みられなかった、新しい特殊な趣味を、ある作物のうちに発見して、それを天下に紹介する方が評家に取って痛快な場合が多い。又其特殊な趣味が容易に多数に肯《うけが》われない所を、決然身を挺して唱道する所が、評家会心の点らしい。文壇はこれがために、新領土を手に入れたと同じ訳になるからである。
 一方に又|
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