戦争と云うものがありました。露西亜《ロシア》と日本とどっちが勝つかというずいぶんな大戦争でありました。日本の国是《こくぜ》はつまり開戦説で、とうとうあの露西亜と戦をして勝ちましたが、あの戦を開いたのはけっして無謀にやったのではありますまい。必ず相当の論拠があり、研究もあって、露西亜の兵隊が何万満洲へ繰出《くりだ》すうちには、日本ではこれだけ繰出せるとか、あるいは大砲は何門あるとか、兵糧《ひょうりょう》はどのくらいあるとか、軍資はどのくらいであるとかたいていの見込は立てたものでありましょう。見込が立たなければ戦争などはできるはずのものではありません。がその戦争をやる前、やる間際《まぎわ》、及びやりつつある間、どのくらい心配をしたか分らない。と云うのはいかに見込のちゃんと明かに立ったものにせよただ形式の上で纏《まとま》っただけでは不安でたまらないのであります。当初の計画通りを実行してそうして旨《うま》く見込に違わない成績をふり返って見て、なるほどと始めて合点《がてん》して納得《なっとく》の行ったような顔をするのは、いくら綺麗《きれい》に形だけが纏っていても実際の経験がそれを証拠立ててくれな
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