はできますが、本当のところ infinite longing と云うものを持っていないのだから、是非もございません。しかし私のように説明すればともかくも形容の詞《ことば》なのですから、それで差支《さしつかえ》ございますまい。とにかく、そんな形容を使わなければならない気分が起りまして、煩悶《はんもん》致します。煩悶してどうか発表したいとするが発表できない。できないでしまえばそれまででありますが、せめて不完全ながら十の一でもあらわそうとすると、是非とも象徴に訴えなければなりません。十のものを十だけあらわさないで――あらわさないと云っては間違になります。あらわせないのです。でやむをえず一だけにしてやめておく叙述であります。無論気分を気分としてあらわすなら、大に悲しいとか、少々|嬉《うれ》しいとか云うだけで、始めから表わせる表わせないの議論をする必要がないのですが、この深いような、広いような、複雑なような気分の対象を、客観的なる非我の世界に見出そうとすると十の気分を一の形相で代表させて、残る九はこの象徴を通じて思い起すようにしなければなりません。しかしながら元来これは本人すら無理な事をしている
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