ります。のみならずある人はこの式を見ればすぐに一個の円が眼に浮ぶと云うのですから、この人にとっては、この公式は perceptual な叙述の代りにもなります。まことに重宝な式であります。しかしいかな数学好きの友人もこの式を見て好い心持だとか不愉快だとか申さない所をもって見ますと、主観的方面の叙述とはほとんど縁がない式のように思われます。これから翻《ひるがえ》って主観の方の象徴を述べます。これは歴史的に申すと、私の知らない仏蘭西《フランス》の詩人や何かを引用しなければなりませんので、少々迷惑致します。しかし前もって申し上げた通り、これは文学史上の御話でないのだから、相成るべくは手製の例で御勘弁を願いたいと思います。つまりは、この態度にかなっていれば、どんな例でも構わんくらいで御聞き下さい。すでにあの人の心は石のようだと云っても、あの人の心は石だと云っても、石をもって心を代表するという点から見ますと、やはり主観方面に属する一種の象徴に違ありません。けれども、それが一歩進んで、心と石を並べないで、石と云ってすぐ心を思い起させる叙述に至ったときに、私はこれを始めて第三段の主観的象徴と申したい
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