て私の飽き足らないところを云うと、あるいは下のような弊がありはすまいかと思われます。
 (一)[#(一)は縦中横] 歴史の研究によって、自家を律せんとすると、相当の根拠《こんきょ》を見出す前に、現在すなわち新という事と、価値という事を同一視する傾《かたむき》が生じやすくはないかと思われます。すべての心的現象は過程であるからして、Bという現象は、Aという現象に次いで[#「次いで」に傍点]起るのはもちろんであります。したがってBの価値はBの性質のみによって定まらない、Bの前に起ったAと云う現象のために支配せられている事ももちろんであります。腹が減るという現象が心に起ればこそ飯《めし》が旨《うま》いという現象が次いで起るので、必ずしも料理が上等だから旨かったとばかりは断言できにくいのであります。そこで吾々はAと云う現象を心裡《しんり》に認めると、これに次いで起るべきBについては、その性質やら、強度やら、いろいろな条件について出来得る限りの撰択《せんたく》をする、またせねばならぬ訳であります。ちょうど車を引いて坂を下りかけたようなもので前の一歩は後の一歩を支配する。後の一歩は前の一歩の趨勢《す
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