商売柄《しょうばいがら》だけに旨《うま》い事をするなと見ていると、酒の雫《しずく》が舌へ触《さわ》るか、触らないうちにぷっと吐《は》いてしまいます。そうして次の樽からまた同じように受けて、同じように舌の先へ落しては、次へ次へと移って行きます。けれども何遍同じ事を繰《く》り返《かえ》してもけっして飲まない。飲んだら好《よ》さそうなものですが、ことごとく吐き出してしまいます。そこで今度は同じ番頭が店から家《うち》へ帰って、神《かみ》さんと御取膳《おとりぜん》か何かで、晩酌をやる。すると今度は飲みますね。けっして吐き出しません。ことによると飲み足りないで、もう一本なんて、赤い手で徳久利《とくり》を握って、細君の眼の前へぶらつかせる事があるかも知れません。まずこの二た通りの酒の呑み方(もっとも一方は呑み方ではない、吐いてしまうから吐き方かも知れませんが)――吐き方なら吐き方でもよろしい。この呑み方と吐き方を比較して見ると面白い。研究と申すほどの大袈裟《おおげさ》な文字はいかがわしいが、説明のしようによると、なかなかえらく聞えるようにできますから御慰《おなぐさ》みになります。まず第一には、御店《
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