るようですが、私はこう答えても差支《さしつかえ》ないと考えます。普通の小説で、成功したものと称せられている性格の活動は大概矛盾のないと云う事と同一義に帰着する。これを他の言葉で云いますと、ある人が根本的にあるものを握っていて、千態万状の所作《しょさ》にことごとくこのあるものを応用する。したがって所作は千態万状であるが、これを奇麗《きれい》に統一する事ができる。しかもこれを統一するとこのあるものに落ちてしまう。なお言い換えると、描写された性格が一字もしくは二三字の記号につづまってしまう。勇気のある人、親切な人、吝嗇《りんしょく》な人と云った風に簡単になる、すなわち覚えやすくなる。まあ、こんなものではなかろうかと思います。つまりは、一篇の小説に一定の意味があって、この意味を一句につづめ得るのを愉快に思うように、同じく一句につづめ得る性格をかき終せたものが成功したような趣が大分あります。しかしこの意味で成功した性格は、個人性格の全面を写し出したものではありません。(特別の場合を除いては)個人の全面性格のある顕著な特性を任意に抽出《ちゅうしゅつ》して、抽出しただけを始めから終まで貫ぬかして、作
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