れで読む人はありがたがる。書く人は成功する。ばかりじゃない、傍《はた》から見ても、旧来の評価を無理に維持しようとする情操文学よりも必要の度が多いでしょう。
次に日本では情操文学も揮真文学も双方発達しておりませんのは、いくら己惚《うぬぼれ》の強い私も充分に認めねばなりませんが、昔から今日《こんにち》まで出版された文学書の統計を取って見たら、無論情操文学に属するものが過半でありましょう。のみならず作物の価値から云ってもこの系統に属する方が優《まさ》っているようであります。それは当然の事で客観的叙述は観察力から生ずるもので、観察力は科学の発達に伴って、間接にその空気に伝染した結果と見るべきであります。ところが残念な事に、日本人には芸術的精神はありあまるほどあったようですが、科学的精神はこれと反比例して大いに欠乏しておりました。それだから、文学においても、非我の事相を無我無心に観察する能力は全く発達しておらなかったらしいと思います。くどくなりますから、例も引きませんが、これだけで充分|御合点《ごがてん》は参るだろうと存じます。これを別方面の言葉で云うと、子はみんな孝行のもの、妻は必ず貞節ある
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