ましょう。真に妨げなきものとして略すとこそ云うべきでありましょう。また別の例を挙《あ》げて見ますと、ここに一人の医者があります。ある患者の病症を確《たしか》めるために検尿《けんにょう》をやる、あるいは検便をやる。わきから見るとずいぶんきたない話であります。しかし本人は別に留意する気色もなく、熱心に検査をする。尿なり便なりの成分を確めるまでは是非やります。もし、きたないから好加減《いいかげん》にしてやめると云う医者があったらそれこそ大変であります。医者の職分を忘れたものであります。医者ばかりではありません、学者でもそうであります。動物学者が御苦労にも泥溝《どぶ》の中から一滴の水を取って来て、しきりに顕微鏡で眺めています。たくさん虫が見えるでしょう。しかしみんな裸体に違ない、のみならず時々はいかがわしい状態をするかもしれない。覗《のぞ》き込んでいる動物学者がこの有様を見て、いやこれは大変だ風紀に害があるから、もう研究をやめよう。と云う馬鹿もないでしょうが、あったらどうでしょう。非常に道徳心の高い動物学者には相違ないでしょうが、しかし真理の研究者としてはほとんど三文の価値もないと申さなければ
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