}《いと》わない。厭わないがどうも出来ない。写生帖を机の上へ置いて、両眼が帖《じょう》のなかへ落ち込むまで、工夫《くふう》したが、とても物にならん。
鉛筆を置いて考えた。こんな抽象的《ちゅうしょうてき》な興趣を画にしようとするのが、そもそもの間違である。人間にそう変りはないから、多くの人のうちにはきっと自分と同じ感興に触れたものがあって、この感興を何らの手段かで、永久化せんと試みたに相違ない。試みたとすればその手段は何だろう。
たちまち音楽[#「音楽」に傍点]の二字がぴかりと眼に映った。なるほど音楽はかかる時、かかる必要に逼《せま》られて生まれた自然の声であろう。楽《がく》は聴《き》くべきもの、習うべきものであると、始めて気がついたが、不幸にして、その辺の消息はまるで不案内である。
次に詩にはなるまいかと、第三の領分に踏み込んで見る。レッシングと云う男は、時間の経過を条件として起る出来事を、詩の本領であるごとく論じて、詩画は不一にして両様なりとの根本義を立てたように記憶するが、そう詩を見ると、今余の発表しようとあせっている境界《きょうがい》もとうてい物になりそうにない。余が嬉しい
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