Bしたがって普通の人から見れば画とは受け取れない。描《えが》いた当人も自然界の局部が再現したものとは認めておらん、ただ感興の上《さ》した刻下の心持ちを幾分でも伝えて、多少の生命を※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]《しょうきょう》しがたきムードに与うれば大成功と心得ている。古来からこの難事業に全然の績《いさおし》を収め得たる画工があるかないか知らぬ。ある点までこの流派《りゅうは》に指を染め得たるものを挙《あ》ぐれば、文与可《ぶんよか》の竹である。雲谷《うんこく》門下の山水である。下って大雅堂《たいがどう》の景色《けいしょく》である。蕪村《ぶそん》の人物である。泰西《たいせい》の画家に至っては、多く眼を具象《ぐしょう》世界に馳《は》せて、神往《しんおう》の気韻《きいん》に傾倒せぬ者が大多数を占めているから、この種の筆墨に物外《ぶつがい》の神韻《しんいん》を伝え得るものははたして幾人あるか知らぬ。
惜しい事に雪舟《せっしゅう》、蕪村らの力《つと》めて描出《びょうしゅつ》した一種の気韻は、あまりに単純でかつあまりに
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