ッ一である。されど今、わが描かんとする題目は、さほどに分明《ぶんみょう》なものではない。あらん限りの感覚を鼓舞《こぶ》して、これを心外に物色したところで、方円の形、紅緑《こうろく》の色は無論、濃淡の陰、洪繊《こうせん》の線《すじ》を見出しかねる。わが感じは外から来たのではない、たとい来たとしても、わが視界に横《よこた》わる、一定の景物でないから、これが源因《げんいん》だと指を挙《あ》げて明らかに人に示す訳《わけ》に行かぬ。あるものはただ心持ちである。この心持ちを、どうあらわしたら画になるだろう――否《いや》この心持ちをいかなる具体を藉《か》りて、人の合点《がてん》するように髣髴《ほうふつ》せしめ得るかが問題である。
 普通の画は感じはなくても物さえあれば出来る。第二の画は物と感じと両立すればできる。第三に至っては存するものはただ心持ちだけであるから、画にするには是非共この心持ちに恰好《かっこう》なる対象を択《えら》ばなければならん。しかるにこの対象は容易に出て来ない。出て来ても容易に纏《まとま》らない。纏っても自然界に存するものとは丸《まる》で趣《おもむき》を異《こと》にする場合がある
前へ 次へ
全217ページ中97ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング