sこば》むものへの面当《つらあて》でもない。自《おのず》から来《きた》りて、自から去る、公平なる宇宙の意《こころ》である。掌《たなごころ》に顎《あご》を支《ささ》えたる余の心も、わが住む部屋のごとく空《むな》しければ、春風は招かぬに、遠慮もなく行き抜けるであろう。
 踏むは地と思えばこそ、裂けはせぬかとの気遣《きづかい》も起《おこ》る。戴《いただ》くは天と知る故に、稲妻《いなずま》の米噛《こめかみ》に震《ふる》う怖《おそれ》も出来る。人と争《あらそ》わねば一分《いちぶん》が立たぬと浮世が催促するから、火宅《かたく》の苦《く》は免かれぬ。東西のある乾坤《けんこん》に住んで、利害の綱を渡らねばならぬ身には、事実の恋は讎《あだ》である。目に見る富は土である。握る名と奪える誉《ほまれ》とは、小賢《こざ》かしき蜂《はち》が甘く醸《かも》すと見せて、針を棄《す》て去る蜜のごときものであろう。いわゆる楽《たのしみ》は物に着《ちゃく》するより起るが故《ゆえ》に、あらゆる苦しみを含む。ただ詩人と画客《がかく》なるものあって、飽《あ》くまでこの待対《たいたい》世界の精華を嚼《か》んで、徹骨徹髄《てっこつて
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