ェ、もしもの事があった日にゃ、法返《ほうがえ》しがつかねえ訳《わけ》になりまさあ」
「そうかな」
「当《あた》り前《めえ》でさあ。本家の兄《あにき》たあ、仲がわるしさ」
「本家があるのかい」
「本家は岡の上にありまさあ。遊びに行って御覧なさい。景色のいい所ですよ」
「おい、もう一遍|石鹸《しゃぼん》をつけてくれないか。また痛くなって来た」
「よく痛くなる髭《ひげ》だね。髭が硬過《こわす》ぎるからだ。旦那の髭じゃ、三日に一度は是非|剃《そり》を当てなくっちゃ駄目ですぜ。わっしの剃で痛けりゃ、どこへ行ったって、我慢出来っこねえ」
「これから、そうしよう。何なら毎日来てもいい」
「そんなに長く逗留《とうりゅう》する気なんですか。あぶねえ。およしなせえ。益もねえ事《こ》った。碌《ろく》でもねえものに引っかかって、どんな目に逢うか解りませんぜ」
「どうして」
「旦那あの娘は面《めん》はいいようだが、本当はき[#「き」に傍点]印《じる》しですぜ」
「なぜ」
「なぜって、旦那。村のものは、みんな気狂《きちげえ》だって云ってるんでさあ」
「そりゃ何かの間違だろう」
「だって、現《げん》に証拠があるんだ
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