ワ》に囀《さえ》ずる。
「あれが本当の歌です」と女が余に教えた。

        五

「失礼ですが旦那《だんな》は、やっぱり東京ですか」
「東京と見えるかい」
「見えるかいって、一目《ひとめ》見りゃあ、――第一《だいち》言葉でわかりまさあ」
「東京はどこだか知れるかい」
「そうさね。東京は馬鹿に広いからね。――何でも下町《したまち》じゃねえようだ。山《やま》の手《て》だね。山の手は麹町《こうじまち》かね。え? それじゃ、小石川《こいしかわ》? でなければ牛込《うしごめ》か四谷《よつや》でしょう」
「まあそんな見当だろう。よく知ってるな」
「こう見《め》えて、私《わっち》も江戸っ子だからね」
「道理《どうれ》で生粋《いなせ》だと思ったよ」
「えへへへへ。からっきし、どうも、人間もこうなっちゃ、みじめですぜ」
「何でまたこんな田舎《いなか》へ流れ込んで来たのだい」
「ちげえねえ、旦那のおっしゃる通りだ。全く流れ込んだんだからね。すっかり食い詰めっちまって……」
「もとから髪結床《かみゆいどこ》の親方かね」
「親方じゃねえ、職人さ。え? 所かね。所は神田松永町《かんだまつながちょう》でさ
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