った。次には落ちる雲雀と、上《あが》る雲雀《ひばり》が十文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ちる時も、上る時も、また十文字に擦《す》れ違うときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思った。
春は眠くなる。猫は鼠を捕《と》る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂《たましい》の居所《いどころ》さえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼が醒《さ》める。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然《はんぜん》する。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。
たちまちシェレーの雲雀の詩を思い出して、口のうちで覚えたところだけ暗誦《あんしょう》して見たが、覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。
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We look before and after
And pine for what is not:
Our sincerest laughter
With some pain
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