ぐらい倹約しても遺憾《いかん》はない。画《え》をかくのも面倒だ、俳句は作らんでもすでに俳三昧《はいざんまい》に入っているから、作るだけ野暮《やぼ》だ。読もうと思って三脚几《さんきゃくき》に括《くく》りつけて来た二三冊の書籍もほどく気にならん。こうやって、煦々《くく》たる春日《しゅんじつ》に背中《せなか》をあぶって、椽側《えんがわ》に花の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽《しらく》である。考えれば外道《げどう》に堕《お》ちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸《いき》もしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。
やがて、廊下に足音がして、段々下から誰か上《あが》ってくる。近づくのを聞いていると、二人らしい。それが部屋の前でとまったなと思ったら、一人は何《なん》にも云わず、元の方へ引き返す。襖《ふすま》があいたから、今朝の人と思ったら、やはり昨夜《ゆうべ》の小女郎《こじょろう》である。何だか物足らぬ。
「遅くなりました」と膳《ぜん》を据《す》える。朝食《あさめし》の言訳も何にも言わぬ。焼肴《やきざかな》に青いものをあしらって、椀《わん》の蓋《ふた》
前へ
次へ
全217ページ中60ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング