が少しは解るだろう。ときに何時だなと時計を見ると、もう十一時過ぎである。よく寝たものだ。これでは午飯《ひるめし》だけで間に合せる方が胃のためによかろう。
 右側の障子《しょうじ》をあけて、昨夜《ゆうべ》の名残《なごり》はどの辺《へん》かなと眺める。海棠《かいどう》と鑑定したのははたして、海棠であるが、思ったよりも庭は狭い。五六枚の飛石《とびいし》を一面の青苔《あおごけ》が埋めて、素足《すあし》で踏みつけたら、さも心持ちがよさそうだ。左は山つづきの崖《がけ》に赤松が斜《なな》めに岩の間から庭の上へさし出している。海棠の後《うし》ろにはちょっとした茂みがあって、奥は大竹藪《おおたけやぶ》が十丈の翠《みど》りを春の日に曝《さら》している。右手は屋《や》の棟《むね》で遮《さえ》ぎられて、見えぬけれども、地勢から察すると、だらだら下《お》りに風呂場の方へ落ちているに相違ない。
 山が尽きて、岡となり、岡が尽きて、幅三丁ほどの平地《へいち》となり、その平地が尽きて、海の底へもぐり込んで、十七里向うへ行ってまた隆然《りゅうぜん》と起き上って、周囲六里の摩耶島《まやじま》となる。これが那古井《なこい》
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