別れ別れの道具が皆|一癖《ひとくせ》あって、乱調にどやどやと余の双眼に飛び込んだのだから迷うのも無理はない。
 元来は静《せい》であるべき大地《だいち》の一角に陥欠《かんけつ》が起って、全体が思わず動いたが、動くは本来の性に背《そむ》くと悟って、力《つと》めて往昔《むかし》の姿にもどろうとしたのを、平衡《へいこう》を失った機勢に制せられて、心ならずも動きつづけた今日《こんにち》は、やけだから無理でも動いて見せると云わぬばかりの有様が――そんな有様がもしあるとすればちょうどこの女を形容する事が出来る。
 それだから軽侮《けいぶ》の裏《うら》に、何となく人に縋《すが》りたい景色が見える。人を馬鹿にした様子の底に慎《つつし》み深い分別《ふんべつ》がほのめいている。才に任せ、気を負《お》えば百人の男子を物の数とも思わぬ勢《いきおい》の下から温和《おとな》しい情《なさ》けが吾知らず湧《わ》いて出る。どうしても表情に一致がない。悟《さと》りと迷《まよい》が一軒の家《うち》に喧嘩《けんか》をしながらも同居している体《てい》だ。この女の顔に統一の感じのないのは、心に統一のない証拠で、心に統一がないのは
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