のとしか受け取れない。
横を向く。床《とこ》にかかっている若冲《じゃくちゅう》の鶴の図が目につく。これは商売柄《しょうばいがら》だけに、部屋に這入《はい》った時、すでに逸品《いっぴん》と認めた。若冲の図は大抵|精緻《せいち》な彩色ものが多いが、この鶴は世間に気兼《きがね》なしの一筆《ひとふで》がきで、一本足ですらりと立った上に、卵形《たまごなり》の胴がふわっと乗《のっ》かっている様子は、はなはだ吾意《わがい》を得て、飄逸《ひょういつ》の趣《おもむき》は、長い嘴《はし》のさきまで籠《こも》っている。床の隣りは違い棚を略して、普通の戸棚につづく。戸棚の中には何があるか分らない。
すやすやと寝入る。夢に。
長良《ながら》の乙女《おとめ》が振袖を着て、青馬《あお》に乗って、峠を越すと、いきなり、ささだ男と、ささべ男が飛び出して両方から引っ張る。女が急にオフェリヤになって、柳の枝へ上《のぼ》って、河の中を流れながら、うつくしい声で歌をうたう。救ってやろうと思って、長い竿《さお》を持って、向島《むこうじま》を追懸《おっか》けて行く。女は苦しい様子もなく、笑いながら、うたいながら、行末《ゆくえ
前へ
次へ
全217ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング