んぼう》しながら、まるで草双紙《くさぞうし》にでもありそうな事だと考えた。
その後《ご》旅もいろいろしたが、こんな気持になった事は、今夜この那古井へ宿るまではかつて無かった。
仰向《あおむけ》に寝ながら、偶然目を開《あ》けて見ると欄間《らんま》に、朱塗《しゅぬ》りの縁《ふち》をとった額《がく》がかかっている。文字《もじ》は寝ながらも竹影《ちくえい》払階《かいをはらって》塵不動《ちりうごかず》と明らかに読まれる。大徹《だいてつ》という落款《らっかん》もたしかに見える。余は書においては皆無鑒識《かいむかんしき》のない男だが、平生から、黄檗《おうばく》の高泉和尚《こうせんおしょう》の筆致《ひっち》を愛している。隠元《いんげん》も即非《そくひ》も木庵《もくあん》もそれぞれに面白味はあるが、高泉《こうせん》の字が一番|蒼勁《そうけい》でしかも雅馴《がじゅん》である。今この七字を見ると、筆のあたりから手の運び具合、どうしても高泉としか思われない。しかし現《げん》に大徹とあるからには別人だろう。ことによると黄檗に大徹という坊主がいたかも知れぬ。それにしては紙の色が非常に新しい。どうしても昨今のも
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