て、馬子唄[#「馬子唄」に傍点]という題も入れて、春の季《き》も加えて、それを十七字に纏《まと》めたいと工夫しているうちに、
「はい、今日は」と実物の馬子が店先に留《とま》って大きな声をかける。
「おや源さんか。また城下へ行くかい」
「何か買物があるなら頼まれて上げよ」
「そうさ、鍛冶町《かじちょう》を通ったら、娘に霊厳寺《れいがんじ》の御札《おふだ》を一枚もらってきておくれなさい」
「はい、貰ってきよ。一枚か。――御秋《おあき》さんは善《よ》い所へ片づいて仕合せだ。な、御叔母《おば》さん」
「ありがたい事に今日《こんにち》には困りません。まあ仕合せと云うのだろか」
「仕合せとも、御前。あの那古井《なこい》の嬢さまと比べて御覧」
「本当に御気の毒な。あんな器量を持って。近頃はちっとは具合がいいかい」
「なあに、相変らずさ」
「困るなあ」と婆さんが大きな息をつく。
「困るよう」と源さんが馬の鼻を撫《な》でる。
 枝繁《えだしげ》き山桜の葉も花も、深い空から落ちたままなる雨の塊《かた》まりを、しっぽりと宿していたが、この時わたる風に足をすくわれて、いたたまれずに、仮《か》りの住居《すまい》
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