》越ゆるや春の雨
[#ここで字下げ終わり]
と、今度は斜《はす》に書きつけたが、書いて見て、これは自分の句でないと気がついた。
「また誰ぞ来ました」と婆さんが半《なか》ば独《ひと》り言《ごと》のように云う。
ただ一条《ひとすじ》の春の路だから、行くも帰るも皆近づきと見える。最前|逢《お》うた五六匹のじゃらんじゃらんもことごとくこの婆さんの腹の中でまた誰ぞ来たと思われては山を下《くだ》り、思われては山を登ったのだろう。路|寂寞《じゃくまく》と古今《ここん》の春を貫《つらぬ》いて、花を厭《いと》えば足を着くるに地なき小村《こむら》に、婆さんは幾年《いくねん》の昔からじゃらん、じゃらんを数え尽くして、今日《こんにち》の白頭《はくとう》に至ったのだろう。
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馬子《まご》唄や白髪《しらが》も染めで暮るる春
[#ここで字下げ終わり]
と次のページへ認《したた》めたが、これでは自分の感じを云い終《おお》せない、もう少し工夫《くふう》のありそうなものだと、鉛筆の先を見詰めながら考えた。何でも白髪[#「白髪」に傍点]という字を入れて、幾代の節[#「幾代の節」に傍点]と云う句を入れ
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