を通わしたほど似ている。
「御婆さん、ここをちょっと借りたよ」
「はい、これは、いっこう存じませんで」
「だいぶ降ったね」
「あいにくな御天気で、さぞ御困りで御座んしょ。おおおおだいぶお濡《ぬ》れなさった。今火を焚《た》いて乾《かわ》かして上げましょ」
「そこをもう少し燃《も》しつけてくれれば、あたりながら乾かすよ。どうも少し休んだら寒くなった」
「へえ、ただいま焚いて上げます。まあ御茶を一つ」
と立ち上がりながら、しっしっと二声《ふたこえ》で鶏《にわとり》を追い下《さ》げる。ここここと馳《か》け出した夫婦は、焦茶色《こげちゃいろ》の畳から、駄菓子箱の中を踏みつけて、往来へ飛び出す。雄の方が逃げるとき駄菓子の上へ糞《ふん》を垂《た》れた。
「まあ一つ」と婆さんはいつの間《ま》にか刳《く》り抜き盆の上に茶碗をのせて出す。茶の色の黒く焦《こ》げている底に、一筆《ひとふで》がきの梅の花が三輪|無雑作《むぞうさ》に焼き付けられている。
「御菓子を」と今度は鶏の踏みつけた胡麻《ごま》ねじと微塵棒《みじんぼう》を持ってくる。糞《ふん》はどこぞに着いておらぬかと眺《なが》めて見たが、それは箱のなかに
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