》っている。雨はしだいに収まる。
 しばらくすると、奥の方から足音がして、煤《すす》けた障子がさらりと開《あ》く。なかから一人の婆さんが出る。
 どうせ誰か出るだろうとは思っていた。竈《へつい》に火は燃えている。菓子箱の上に銭が散らばっている。線香は呑気《のんき》に燻っている。どうせ出るにはきまっている。しかし自分の見世《みせ》を明《あ》け放しても苦にならないと見えるところが、少し都とは違っている。返事がないのに床几に腰をかけて、いつまでも待ってるのも少し二十世紀とは受け取れない。ここらが非人情で面白い。その上出て来た婆さんの顔が気に入った。
 二三年前|宝生《ほうしょう》の舞台で高砂《たかさご》を見た事がある。その時これはうつくしい活人画《かつじんが》だと思った。箒《ほうき》を担《かつ》いだ爺さんが橋懸《はしがか》りを五六歩来て、そろりと後向《うしろむき》になって、婆さんと向い合う。その向い合うた姿勢が今でも眼につく。余の席からは婆さんの顔がほとんど真《ま》むきに見えたから、ああうつくしいと思った時に、その表情はぴしゃりと心のカメラへ焼き付いてしまった。茶店の婆さんの顔はこの写真に血
前へ 次へ
全217ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング