げ》にふらりふらりと揺れる。下に駄菓子《だがし》の箱が三つばかり並んで、そばに五厘銭と文久銭《ぶんきゅうせん》が散らばっている。
「おい」とまた声をかける。土間の隅《すみ》に片寄せてある臼《うす》の上に、ふくれていた鶏《にわとり》が、驚ろいて眼をさます。ククク、クククと騒ぎ出す。敷居の外に土竈《どべっつい》が、今しがたの雨に濡れて、半分ほど色が変ってる上に、真黒な茶釜《ちゃがま》がかけてあるが、土の茶釜か、銀の茶釜かわからない。幸い下は焚《た》きつけてある。
返事がないから、無断でずっと這入《はい》って、床几《しょうぎ》の上へ腰を卸《おろ》した。鶏《にわとり》は羽摶《はばた》きをして臼《うす》から飛び下りる。今度は畳の上へあがった。障子《しょうじ》がしめてなければ奥まで馳《か》けぬける気かも知れない。雄が太い声でこけっこっこと云うと、雌が細い声でけけっこっこと云う。まるで余を狐か狗《いぬ》のように考えているらしい。床几の上には一升枡《いっしょうます》ほどな煙草盆《たばこぼん》が閑静に控えて、中にはとぐろを捲《ま》いた線香が、日の移るのを知らぬ顔で、すこぶる悠長《ゆうちょう》に燻《いぶ
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