B大に考え込むようにもある。人を待ち合せる風にも取られる。何だかわからない。
余はこの物騒《ぶっそう》な男から、ついに吾眼をはなす事ができなかった。別に恐しいでもない、また画《え》にしようと云う気も出ない。ただ眼をはなす事ができなかった。右から左、左りから右と、男に添うて、眼を働かせているうちに、男ははたと留った。留ると共に、またひとりの人物が、余が視界に点出《てんしゅつ》された。
二人は双方《そうほう》で互に認識したように、しだいに双方から近づいて来る。余が視界はだんだん縮《ちぢ》まって、原の真中で一点の狭《せま》き間に畳《たた》まれてしまう。二人は春の山を背《せ》に、春の海を前に、ぴたりと向き合った。
男は無論例の野武士《のぶし》である。相手は? 相手は女である。那美《なみ》さんである。
余は那美さんの姿を見た時、すぐ今朝の短刀を連想した。もしや懐《ふところ》に呑《の》んでおりはせぬかと思ったら、さすが非人情《ひにんじょう》の余もただ、ひやりとした。
男女は向き合うたまま、しばらくは、同じ態度で立っている。動く景色《けしき》は見えぬ。口は動かしているかも知れんが、言葉はま
前へ
次へ
全217ページ中197ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング