「た。
「さあこれへ」と眼鏡《めがね》をはずして、書物を傍《かたわら》へおしやる。
「了念。りょううねええん」
「ははははい」
「座布団《ざぶとん》を上げんか」
「はははははい」と了念は遠くで、長い返事をする。
「よう、来られた。さぞ退屈だろ」
「あまり月がいいから、ぶらぶら来ました」
「いい月じゃな」と障子をあける。飛び石が二つ、松一本のほかには何もない、平庭《ひらにわ》の向うは、すぐ懸崖《けんがい》と見えて、眼の下に朧夜《おぼろよ》の海がたちまちに開ける。急に気が大きくなったような心持である。漁火《いさりび》がここ、かしこに、ちらついて、遥かの末は空に入って、星に化《ば》けるつもりだろう。
「これはいい景色。和尚《おしょう》さん、障子をしめているのはもったいないじゃありませんか」
「そうよ。しかし毎晩見ているからな」
「何晩《いくばん》見てもいいですよ、この景色は。私なら寝ずに見ています」
「ハハハハ。もっともあなたは画工《えかき》だから、わしとは少し違うて」
「和尚さんだって、うつくしいと思ってるうちは画工でさあ」
「なるほどそれもそうじゃろ。わしも達磨《だるま》の画《え》ぐらい
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