鰍ーるに好い所です」
「身はまだなかなか投げないつもりです」
「私は近々《きんきん》投げるかも知れません」
余りに女としては思い切った冗談《じょうだん》だから、余はふと顔を上げた。女は存外たしかである。
「私が身を投げて浮いているところを――苦しんで浮いてるところじゃないんです――やすやすと往生して浮いているところを――奇麗な画にかいて下さい」
「え?」
「驚ろいた、驚ろいた、驚ろいたでしょう」
女はすらりと立ち上る。三歩にして尽くる部屋の入口を出るとき、顧《かえり》みてにこりと笑った。茫然《ぼうぜん》たる事|多時《たじ》。
十
鏡が池へ来て見る。観海寺の裏道の、杉の間から谷へ降りて、向うの山へ登らぬうちに、路は二股《ふたまた》に岐《わか》れて、おのずから鏡が池の周囲となる。池の縁《ふち》には熊笹《くまざさ》が多い。ある所は、左右から生《お》い重なって、ほとんど音を立てずには通れない。木の間から見ると、池の水は見えるが、どこで始まって、どこで終るか一応廻った上でないと見当がつかぬ。あるいて見ると存外小さい。三丁ほどよりあるまい。ただ非常に不規則な形《かた》ちで
前へ
次へ
全217ページ中150ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング