蛯、」
「それから、もう一人若い人に逢いましたよ。……」
「久一《きゅういち》でしょう」
「ええ久一君です」
「よく御存じです事」
「なに久一君だけ知ってるんです。そのほかには何にも知りゃしません。口を聞くのが嫌《きらい》な人ですね」
「なに、遠慮しているんです。まだ小供ですから……」
「小供って、あなたと同じくらいじゃありませんか」
「ホホホホそうですか。あれは私《わたく》しの従弟《いとこ》ですが、今度戦地へ行くので、暇乞《いとまごい》に来たのです」
「ここに留《とま》って、いるんですか」
「いいえ、兄の家《うち》におります」
「じゃ、わざわざ御茶を飲みに来た訳ですね」
「御茶より御白湯《おゆ》の方が好《すき》なんですよ。父がよせばいいのに、呼ぶものですから。麻痺《しびれ》が切れて困ったでしょう。私がおれば中途から帰してやったんですが……」
「あなたはどこへいらしったんです。和尚《おしょう》が聞いていましたぜ、また一人《ひとり》散歩かって」
「ええ鏡の池の方を廻って来ました」
「その鏡の池へ、わたしも行きたいんだが……」
「行って御覧なさい」
「画《え》にかくに好い所ですか」
「身を
前へ 次へ
全217ページ中149ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング