カ》を見ると、蘭《らん》の影が少し位置を変えている。
「なあに、あなた。やはり今度の戦争で――これがもと志願兵をやったものだから、それで召集されたので」
老人は当人に代って、満洲の野《や》に日ならず出征すべきこの青年の運命を余に語《つ》げた。この夢のような詩のような春の里に、啼《な》くは鳥、落つるは花、湧《わ》くは温泉《いでゆ》のみと思い詰《つ》めていたのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて、平家《へいけ》の後裔《こうえい》のみ住み古るしたる孤村にまで逼《せま》る。朔北《さくほく》の曠野《こうや》を染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈から迸《ほとばし》る時が来るかも知れない。この青年の腰に吊《つ》る長き剣《つるぎ》の先から煙りとなって吹くかも知れない。しかしてその青年は、夢みる事よりほかに、何らの価値を、人生に認め得ざる一画工の隣りに坐っている。耳をそばだつれば彼が胸に打つ心臓の鼓動さえ聞き得るほど近くに坐っている。その鼓動のうちには、百里の平野を捲《ま》く高き潮《うしお》が今すでに響いているかも知れぬ。運命は卒然《そつぜん》としてこの二人を一堂のうちに会したるのみにて
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