ヘことごとく硯《すずり》の上に落ちる。厚さはほとんど二寸に近いから、通例のものの倍はあろう。四寸に六寸の幅も長さもまず並《なみ》と云ってよろしい。蓋《ふた》には、鱗《うろこ》のかたに研《みが》きをかけた松の皮をそのまま用いて、上には朱漆《しゅうるし》で、わからぬ書体が二字ばかり書いてある。
「この蓋が」と老人が云う。「この蓋が、ただの蓋ではないので、御覧の通り、松の皮には相違ないが……」
老人の眼は余の方を見ている。しかし松の皮の蓋にいかなる因縁《いんねん》があろうと、画工として余はあまり感服は出来んから、
「松の蓋は少し俗ですな」
と云った。老人はまあと云わぬばかりに手を挙《あ》げて、
「ただ松の蓋と云うばかりでは、俗でもあるが、これはその何ですよ。山陽《さんよう》が広島におった時に庭に生えていた松の皮を剥《は》いで山陽が手ずから製したのですよ」
なるほど山陽《さんよう》は俗な男だと思ったから、
「どうせ、自分で作るなら、もっと不器用に作れそうなものですな。わざとこの鱗《うろこ》のかたなどをぴかぴか研《と》ぎ出さなくっても、よさそうに思われますが」と遠慮のないところを云って退《の
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